ファンの希望と作り手の都合

よくネットで見かけるスタートレックファンの意見に、「新スタートレック」や「スタートレックヴォイジャー」のもっと未来の話が見たい、というものがある。個人的にはその意見に賛成したいが、同時にそう簡単には実現しないだろうな、とも思うので、その理由を書いておく。

 

ジーン・ロッデンベリーの死後、スタートレックシリーズ全体を統括する役割を引き継いだプロデューサー、リック・バーマンは「スタートレックエンタープライズ」に関するインタビューで、新スタートレックのもっと未来の話を見たいというファンの要望に対して、「(時代をもっと未来にしたところで)宇宙服が薄く、滑らかになるだけだ」と語っている。

Rick Berman Talks 18 Years of Trek In Extensive Oral History – TrekMovie.com

 

この発言を自分なりに解釈すると、要するに新スタートレックヴォイジャーの段階で未来を描くのは行き着くところまでいっているから、それ以上先に進めても大した違いは出せない、というある意味、敗北宣言的な印象すら感じてしまう。

 

実際、スタートレックシリーズは宇宙大作戦新スタートレックDS9ヴォイジャーの4つのシリーズが終わった段階で、620話、120年分の歴史(中抜けあり)の蓄積があった。はっきりいってしまえば、よほどのトレッキーでもなければすべてのエピソードの内容や設定を把握するのは困難だ。また、それらを踏まえてさらに未来を想像するのも、SF小説専門の作家やデザイナーを連れて来ない限り、TV番組のスタッフだけではほとんど不可能だろう。

 

余談だが、新スタートレックDS9あたりは過去作との整合性にもそれなりに注意が払われていた。しかしヴォイジャーの中盤以降、そうした細かい気配りはあまり見られなくなった(気配りがなくなったわけではなく、チェックに漏れたアラが目立つようになった)。おそらく、新スタートレック時代からプロデューサーを務めたマイケル・ピラー、ジェリ・テイラーらベテランが抜け、ブラノン・ブラガがショーランナーに昇進したこと、セブン・オブ・ナインの登場で視聴率が盛り返したことなどと無関係ではないと思われる。

 

さて、本筋に戻ると、スタッフがヴォイジャーよりさらに未来を舞台にした新作を考えても、半端な内容ではファンにダメ出しされてボロクソいわれるのは目に見えている。自信満々で提示した新作が、「この問題はTNGの○○話のテクノロジーで簡単に解決できる」とか「クリンゴンの描写がDS9の○○話と矛盾する」とかファンに批判されて炎上するのはご免被りたいと普通なら思うだろう。

 

加えて、そうしたうるさがたのファンを満足させる内容が一般受けするかどうか、というのも問題だ。日本の時代劇などでも時折あるが、マニアが絶賛しても、普通の人々にはつまらない作品になってしまったら本末転倒この上ない。もっとも、スタートレックそのものが日本ではそういうマニア向け作品になっているような気もするが……。

 

ヴォイジャーエンタープライズディスカバリーでは過去作を踏まえた「本歌取り」的要素のあるエピソードが時折作られるが、初めて見る人には楽しめないんじゃないかと心配になることがある。

 

こういった諸々をふまえると、すべてが単純だった過去の時代に戻る、あるいはリセットして新しい世界を舞台にする、というのはスタートレック新作の作り手にとっては当然の選択であることがなんとなく理解できるだろう。

 

クリンゴンとはオルガニア条約を結んで、キトマーで和平に合意して同盟も結んだけど、一旦条約を破棄して、再締結しています」なんて設定が積み上っている状態よりも、単純に「100年前にファーストコンタクトしてから冷戦状態です」ぐらいしか設定がないほうが、脚本も書きやすいに決まっている。

 

なので、ヴォイジャーのもっと未来が見たい、という人は素直に小説を読むかスタートレック:オンラインをプレイしたほうが良いと思われ。